つながる世界を生きる。ブログ

自分とつながる、人とつながる、そして自然と・・。 スマイルメーカー岡村しげるの「つながる世界」探究ブログ。

信じる とは?

 

「信じる」ことは受け入れることであり、味方になることである。

 

「信じる」というのは盲信することではなく、

       受け入れて、賞美(appreciate)することである。

 

                          (ACIM)

 

最近響いたことば。

 

なんかほっとする。
信じやすくなるね。

「成長」と「成功」

 

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先日、
「システマ(ロシアン柔術)」の先生に教わったこと、
そして自己成長の実践会で先達の話しに触発されて生まれた気づきを、
 
備忘を兼ねてシェア。
 
細かな定義はすっ飛ばして、
 
「成長」つまり、自分を高めることは、
「成功」つまり、豊かさにつながるように思う。
 
でも「成功(豊かさ)」を求めても、
必ずしも「成長(自分を高める)」にはつながらないようだ。
 
 
思うに、成功(豊かさ)の主な要素のひとつに「快適さ」があり、
一方、成長(自分を高める)の要素には「高負荷=ストレス状態=不快」がある。
 
成長とは、既存の枠を超えて未知の領域へ進む、ということ。
それは通常不安や怖れを生み、ストレスがかかる。
 
そのストレス状態で、平常状態でいられることが、
「成長」(自分が高まる)ということだろう。
 
そしてその結果、
かつての未知が既知になり、扱える領域が増え、
以前より快適さが増し、それが豊かさにつながる。
 
つまり、
「成長」は一時的な不快を伴ってそのプロセスを推し進め、
その後に「成功」がついてくる、
と言える。
 
一方「成功」を追っかけると、その途上で不快さが現れたとき、
(そして、それは成功に必要な成長痛のようなものなので必ず現れるのだが)
その不快さを「成功ではないもの」と見誤り、その行程を避けてしまうのだ。
 
これはたいてい無意識に行われる。 
そして、この回避は停滞につながる。
 
結果、「成長」せず「成功」も止まる。
 
おそらく流れの早くなるこれからは、
停滞は成功が止まるだけでは済まず後退につながるだろう。
 
 
気をつけてないとハマる。
 
おそらく本当は突き詰めれば、どちらを目指そうが行き着く先は同じだと思うが、ハマりやすさの度合いが違うのだろう。
 
 
新年を迎えるにあたって、あらためて
 
「成長(自分を高める)を目的とし、成功(豊かさ)は二次的な成果とする」
 
という指針を心に刻もう。

無意識に抱えていた囚われ

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11月。

 

大きくは時流や磁場の影響、

個人的には呼吸のワークの作用もあって、

 

これまで潜在意識、無意識に抱えていた、

自分についての否定的な想念を、

これまでにないくらい突きつけられたひと月でした。

 

様々な理由から自分を否定することを決めようとしたり、

無能でいることを選択しようとしたり、

 

幼少期や、さらに遡って過去生での決意などの諸々が、

実感を持って感じられたのでした。

 

 

まぁ、なかなか大変なひと月でした。

そして、わが事を通してではありますが、人間というのは、

はるか昔のことを含め、無意識に色んなものに囚われているなぁ、と。

 

いや、これまでも色々手放してきてたし、わかってたつもりなんですけどね!

 

でも、

身体の深い部分のコリは、ほぐれて初めて凝っていたことがわかる。

 

それと同じで、

深層意識の囚われは、ある程度手放すまで囚われてたことに気づけないものなんだなぁ、と。(自覚症状がある時は相当なので急いでほぐそう、手放そう!)

 

ホント人間の意識は奥深い、とあらためて実感したのでした。

 


この自分を実験台にしたメンタル臨床実験(!?)。

キツかった時期は抜け、ひと皮むけて心理的にさらに自由になった感があります。

行動や「現実」レベルでもどんな変化があるか楽しみです。

 

またメンタルトレーナーとしても、さらに深い領域でクライアントさんの改善が図れそうで、こちらも楽しみです。

 

おつかれ、自分!

 

 

***

なんか変な感じ…。

制限や囚われに気づいたら、

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個人セッション | スマイルメーカー

 

 

human being 〜人という「存在」〜

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人間は

脆くて弱くて傷つきやすい。

 

同時に

限りない強さと豊かさをたたえるいのちでもある。

 

人は普遍意識(いのち)が個的表現媒体を纏ったもの。

 

立ち現れである個的表現媒体に囚われず、

普遍意識の自覚に至ろう。

 

個的表現媒体を使って価値を表現し受け取り、

いのち(普遍意識)を世界に表現しよう。

 

むかし悲しかったこと

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昨晩行った、近所のとんかつ屋さん。

 

食材も店構えも調理も丁寧で気が行き届いて、

いつ行っても気持ちのいいお店。

 

あれ?名前が出てこない…。

 

 

僕はあるときから固有名詞が覚えられなくなった。

 

小学生の頃僕はすぐ名前を覚えていた。

クラスは当然、10クラス40人いた同学年の子も、
どこかですれ違っていたらたいてい覚えていた。

 

でもいつからかそれが辛くなった。
悲しくなった。

 

僕は相手のことを、そして名前を知っているのに、
相手は僕のことも、僕の名前も知らない。

そんなことが増えたからだ。

 

加えて記憶力がいいことが、
勉強ができる子につながり、

それで友達から浮いたり、
遊びたい盛りの塾通いにつながりもした。

 

そんな小学生のあるとき、

寂しくて悲しくて腹が立って、

今で言えばキレた。

 

キレて「もう名前なんて覚えない!」と決意した。笑

 

そして、「えっと、お前誰だっけ?」と対等になれた。気がした。笑

 

以来、物語や論理は得意だけど、
名前は苦手になった。

望み通りだ。

 

 

 

感受性の強い子供の頃、
誰しもいろんな事を考えている。

他の人からみるとわけのわからない、
いろんなことを決めてる。

そして、未だに影響しているものが意外にある。

 

 

そのときに溜めこんだ痛みや辛さ、
そんな思いや感情をもう一度思い返してみよう。

 

そして、感じなおす。

 

そして、あの時はそうだったよね。

まぁ、そう思ったのも無理はないよね。

でもそれもう大丈夫だよね。

 

 

 

あっ、そうそう。

昨晩行った美味しいとんかつ屋さんは、

「鈴の家」@祖師ヶ谷大蔵

 

 

 

***

なぜか苦手意識があるなら、
ちっちゃな頃の満たされなかった欲求のせいかも

スマイルメーカー